はじめに

 平成26年夏、同居している親父が自宅の階段から転落し救急車で搬送され入院。
 その日を境に親父はアルツハイマー型認知症を発症。
 それは親父とオレと家族の生活を一変させる出来事だったのです。
 詳しくは下記に記しています。
 介護初心者のオレが親父のサポートに取り組む姿を綴っていきたいと思っています。


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2017年11月11日

もう一人のお父さん。そしてお母さん


 こんにちは。オレです。


 オレの嫁は、車で約4時間走ったところにある県の出身でです。女ばかりの姉妹で、全員離れたところに嫁いでいるので、実家にはお義父さんとお義母さんが二人だけで住んでいます。


 先日、そのお義父さんが亡くなりました。長く肝臓を患い、ここ2年は入院して、週一回の透析を受けていました。オレと嫁は親父の介護の中で時間を見つけては、3ヶ月に1度くらいの割合でお見舞いに通いました。


 お義父さんも最初の頃は元気で、病室で共通の趣味である野球の事について話していましたが、ここ1年くらいは、食事がまともに取れなくなり、徐々に体力が落ちて、お見舞いに行っても殆ど目を閉じて寝ていました。


 お義母さんは年齢が80に近いながらも、自分で車を運転して、毎日お義父さんの病室に。食事が取れなくなってからも、栄養価の高いジュースやお義父さんの好きなガリガリ君アイスを持って通っていたそうです。


 4ヶ月程前、お義母さんと一緒に病室に行った時、ずっと寝てばかりのお義父さんがたまたま目を明けて、ガリガリ君にかぶりつく姿が妙に可愛らしかったです。



 夏を過ぎた頃、溶体がかなり悪くなり、医者から「いつ亡くなってもおかしくない」と宣言されました。それでもお義母さんは嫁に対して「急変したら連絡するから来なくていいよ」と。娘に無理をさせまいという気遣いだったと思います。


 オレは仕事で動けませんでしたが、嫁は「今行かなきゃいけない気がする」と言って一人でお見舞いに行きました。その二日後、お義父さんは亡くなったのです。多分、嫁には『虫の知らせ』があったのでしょう。


 葬儀は家族葬でした。嫁は4人姉妹で、その連れ合い、孫、さらにひ孫が集まって、賑やかなのが好きだっお義父さんをみんなで送りました。


 病気で苦しい思いをしたのは可哀想でしたが、最期まで認知の症状はなく、家族とちゃんとコミュニケーションが取れ、89歳という天寿を全うしたお義父さん。大往生だったと思います。


 連れ合いを亡くしたお義母さん。悲しさや寂しさは当然ですが、それと同時に最後までお義父さんを看取ってホッとした気持ちもあるでしょう。


 2年もの間、毎日病院へ通いお義父さんの世話をして、心配して、高齢のお義母さんには大変だったでしょう。オレの立場から言うのもおこがましいですが、親父の介護をやってきた経験上、まずはお義母さんに「お疲れ様でした。頑張りましたね」と声をかけてあげたいです。


 お義父さんは強面の昭和の頑固親父然とした人でした。そのお義父さんが亡くなる直前にお義母さんに「今迄ありがとう。愛してる」と言ったそうです。本当に感謝の気持ちでいっぱいだったと思います。その言葉でお義母さんも苦労が報われたんじゃないでしょうか。


 オレにとってのもう一人のお父さん。ありがとう。そしてさようなら。


posted by オレ at 21:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

5ヶ月が経過しましたA


 こんにちは。オレです。


 前回は施設入所後の親父について書きました。今回は現在のオレについて触れたいと思います。


 親父が入所してすぐに以前勤めていた会社から「復職して欲しい」と連絡がありました。オレ自身は、またいちから仕事探しをしなきゃいけないと考えていたので非常にありがたくお話をお受けしました。


 ただ、離職前のオレの仕事はほぼほぼ夜勤が中心。夜に家を空けている為に親父の異変に気づかずに認知症の症状を一気に加速させてしまったという苦い経験があります。それにここ一年程、週に何日か昼間の短い時間、就労支援施設でパソコンの技術指導みたいな事をやっていました。


 介護離職してから、親父の事でいっぱいいっぱいになりつつ、自分なりの生活パターンや人間関係も構築していた事に気づきました。 それらは継続させたいと思い、夜勤はお断りし、昼間の比較的楽な勤務をさせてもらっています。


 と、もっともらしい理由を付けていますが、本音を言えば、やはりこの3年間はキツかった。しばらくゆっくりさせてもらい、年明けぐらいから仕事に本腰を入れようかと思っています。


 とりあえず今は、自分が好きな時に出掛けられる、夜は何も心配せずゆっくり眠れるという『自由』を満喫しています。本当にこの事のありがたみは一度無くしてみないとわからないものだと思います。決して『あって当たり前』ではありません。偶然が重なり、色々な人達の助けがあってこそだと思います。


 これに気づけた事が、オレが3年間介護生活をした一番の成果です。ただ、数ヶ月してくると忘れそうになる事も。そんな時の為に、ここに記して、時折自分自身で読み返していこうと思っています。




posted by オレ at 15:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月27日

5ヶ月が経過しました@


 ご無沙汰しています。オレです。


 親父が養護施設に入所してから約5ヶ月が経ちました。今は嫁と交代で2週間に一度程面会に行っています。


 オレらが行くと親父は笑顔で迎えてくれます。そして使うのは敬語。オレらの事を家族だという認識は無いようです。入所前からそうだったのですが、言ってる事も支離滅裂。内容の半分以上は何と言ってるのか聞き取れません。


 たとえ意思疎通が出来なくても、オレらの事を家族と思っていなくても、穏やかに機嫌良く接してくれるだけでも十分かなと思っています。


 今でこそ大人しいおじいちゃんですが、入所当初はかなりの暴れん坊ぶりを発揮していたようです。部屋に備え付け洗面台にの電動水道を親父は夜中にゴソゴソ動き回り、引き抜いて破壊したそうです。たとえ修理しても、また同じように引き抜く恐れがあり、しかも水で感電しては危険だという事で、哀れその洗面台は使用不能になってしまいました。


 また別の日には、他の利用者さんの部屋に入り込み、その人のベッドの片隅に寝ていたりとか、帽子を勝手に持ち帰ったり等の迷惑行為もありました。


 2、3ヶ月が過ぎた頃から徐々に落ち着きを見せはじめ、夜も大人しく寝るようになったとか。親父自身、施設の生活に慣れてきたのでしょう。同時にスタッフさんも親父に慣れて、迅速な対応が出来るようになったのだと思います。


 胃ろうの時もじっとして大人しく栄養補給をさせています。入所時にオレらが一番心配したのは、他の利用者さんの食事に手を出さないかという事でした。でも食事の時は一人近くのソファーに座って、食べ物を欲しがる素振りも見せないそうです。他の人達がガヤガヤと食事をしている時に、ひとりだけポツンと座っている姿は少し可哀想に見えますが…。



 こんな感じでたまには親父の近況、オレらの近況も綴っていこうと思っています。『介護日記』としての役割とはちょっと違ってきますが、『介護生活』を経験した家族のメモ帳的なものとして続けていくつもりです。

posted by オレ at 22:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする