はじめに

 平成26年夏、同居している親父が自宅の階段から転落し救急車で搬送され入院。
 その日を境に親父はアルツハイマー型認知症を発症。
 それは親父とオレと家族の生活を一変させる出来事だったのです。
 詳しくは下記に記しています。
 介護初心者のオレが親父のサポートに取り組む姿を綴っていきたいと思っています。


スポンサーリンク

2014年09月17日

車の運転と告知

こんにちは。オレです。



正式に(?)認知症を発症する前までの親父の唯一の趣味は車でした。


若い頃から運転する事が大好きで、12年前にお袋が他界するまでは2人で全国あちこちに旅行に出掛け、1人になってからも、年に2、3回は泊まりで長距離ドライブの旅を楽しんでいました。


日常生活でも、地方住まいなので車は欠かせないものです。親父の車は常にピカピカで、エンジンも馴染みの自動車さんにメンテナンスしてもらって絶好調。


しかし、今年に入った位から車庫入れ等で、ちょくちょく車体をこするようになり、3度程、左のドアを大きくぶつけて修理に出していました。


同居している家族には「エンジンが調子悪いので点検に出した。」と言い訳していました。(ちょっと調べればバレバレなのですがw)


今思うと、親父は自分の運転の衰えを知られたくなかったのでしょう。知られれば大事故になる前に運転免許証を返上させられると恐れていたのでしょうね。


そして現在、当然ながら親父に車の運転はさせていません。鍵はオレが管理し、親父の目の付かないところに置いています。


親父のなにかあるとすぐ「ちょっとそこまで出てくる。鍵を貸してくれ」と言います。


それに対してオレは「あんたは脳出血の恐れがあると医者に言われているから運転させられん」と答えます。


すると「じゃぁいい!」と不機嫌に返事して親父はふて寝。


そんな親父を諭して、オレが運転し目的の場所へ連れて行く。常にそのくり返しです。



親父は車の運転に飢えています。これまでの自分のステータスシンボルが車だったのだから仕方ありません。


何度、家族が「運転させられない」と言っても納得しません



親父は昭和の高度成長期にバリバリ働いた元サラリーマンです。この年代の人は「権威」に弱いものです。ここはお医者さんという「権威」にすがることにしました。


という事で病院にお願いして、診察の時にオレも同席して、医師の口からはっきりと禁止してもらいました。


「脳出血が再発する恐れがあります。運転中の場合は命に関わります。医師として運転を許可する事はできません。」と。


親父はぶ然としていました。帰りの車の中で、「警察でもないのに医者にそんな権利があるのか!」とずっと繰り返しております。医者の「権威」も通じず・・・。作戦失敗です。



こうなりゃ、最後の砦、警察という「権威」にすがるしかありません。


早速、「高齢者運転の相談室」へ電話。状況を説明した後、こちらの要望をお願いしました。


オレとしては、形だけでもいいから適性検査を受けさせ、今の親父なら確実に不合格になるだろうから、そこで運転免許証を返上させる形をとって欲しいと。


適性検査不合格&警察からの免許証返上命令となれば、さすがの親父も諦めるだろうと思ったのです。


それに対する返答は「否」でした。


警察としては、医師に認知症であるという診断書を書いてもらい、その上で本人同席の元、運転免許証の返上命令を出しますと。


つまり、本人にはっきりと「認知症」であると告知し、納得させた上でなければ返上命令は出来ませんとの事なのです。



うーーーーーーーん、困った。立ちふさがる「告知の壁」


告知の件については、親父が認知症だと診断された時から考えてはいました。


介護する側とすれば、はっきりと本人に分かってもらったほうがやり易い事ってたくさんありますよね。



今の親父に「あなたは認知症ですよ」と告げ、その時彼が受けるショックを考えたら・・・・とても言えません。



本人に症状の自覚がある病気なら、受け入れる事が出来るかもしれません。でも今の親父は「自分はまったく正常である」と思っているのです。幻視も妄想も記憶の時間軸が滅茶苦茶なのも、彼の中ではしっかりと筋道立っている出来事なのです。



とりあえず、警察が用意した診断書の様式を送ってもらい、しばらくは様子を見ることにします。



今日も不機嫌な親父を助手席に乗せて、オレは運転手に全力を尽くすのでありました。


posted by オレ at 15:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする