はじめに

 平成26年夏、同居している親父が自宅の階段から転落し救急車で搬送され入院。
 その日を境に親父はアルツハイマー型認知症を発症。
 それは親父とオレと家族の生活を一変させる出来事だったのです。
 詳しくは下記に記しています。
 介護初心者のオレが親父のサポートに取り組む姿を綴っていきたいと思っています。


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2014年09月23日

たまには感情的に

こんにちは。オレです。


お彼岸に入り、すっかり涼しくなってきました。と言っても今年は天候に恵まれず暑い夏は来ませんでしたが(^_^;)



前回、車の運転免許証の問題で、親父に認知症である事を告知するかどうかを迷っている事を書きました。


現在、認知症の症状があらわれて約2ヶ月。告知はしていません。


告知していないが為に、親父に対するこちらの態度もどうしてもギクシャクしてしまう事があります。


車の運転についても然り、現実問題として一番大事な「お金の管理」についても然り。



これまで、同居していながら、お金に関しては各々が管理。


親父の収入がいくらあり、預金がいくらあり、支出がいくらあるのか全く把握していませんでした。


今の親父は金銭感覚がわからなくなり、スーパーで300円の支払いに千円札を2枚出して「これで足りますか?」と店員に聞く始末。


そこを代わりに管理するのにも「告知の壁」が大きく立ち塞がるのです。


そこでデイサービスに行っている間に、通帳や証券を調べて現在の金の動きを把握。


帰ってきた親父に「体の具合がいまいちだから、これからは銀行関係にはオレが代わりに出向くよ」と宣言。


自分で言っておきながら、オレも意味不明な宣言なのです(笑) しかし、その時はそれしか思いつかず。


半ば強引に「うん」と言わせたものの、親父は疑心暗鬼な表情を浮かべています。



全ては親父に認知症である事を悟られないが為の行動。まるで腫れ物を扱うようなものです。


オレのそんな態度に親父もイライラしてきたのでしょう。徐々にワガママになってきました。


食事の用意をしても「いらん!」と拒否ったり、急に自分の都合で出かけるから車を出せと言ったり、やりたい放題になってきたのです。



極めつけが、急に荷造りを始めて、生まれ故郷の田舎に帰って百姓になると言い出しました。


親父の生家は確かに農家なのですが、今は誰も住んでおらず、空家になって朽ちかけています。


「無理だから、ずっとここで暮らそうぜ」と優しく言っても聞き入れません。


「お前らが車も金も取り上げやがって!俺にはもう田舎の家しか残っとらん!!」と言い放つ親父。



その瞬間、オレはキレました。


車も金も親父の事を考えているからこそ、ちゃんと管理しようと懸命なのに、親父はそう思ってたのかと。



(#゚Д゚)ゴルァァァ!!!!くそじじい!!何を勝手な事言ってるんだ!!


どこへでも行って野垂れ死にしやがれ!!!!


と叫ぶオレ。



親に向かってなんて事を言うのだ!!!!と殴りかかる親父。


その手を掴んでひねり上げると、俺の手に噛みついてきました。


慌てて割って入る嫁と長男。


勝手にしろ!!!と吐き捨ててオレは隣の部屋に。



その後、嫁が子供に言い聞かせるように優しい口調で親父を諭します。


すると、親父はまともに戻ったのです。


自分が支離滅裂な事を言っていたと認め、オレに「悪かった」と謝ってきました。



不思議なものです。感情が高ぶると一時的に認知症の症状がおさまるのでしょうか。


しかし、翌日にはまたいつものワガママ親父に戻っていましたが(笑)


オレはオレで、キレて親父にぶつかっていった事でスッキリしました。


何だかんだでオレの中にも「ウツウツ」としたストレスが溜まっていたのですね。



介護される側が人間ならば、介護する側も人間。


ましてや同居している家族なのです。


たまには感情を出してぶつかり合うことが必要なのかもしれません。


posted by オレ at 11:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする